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東京地方裁判所 昭和57年(ヨ)2230号 決定

債権者 安慶名考功 外八名

債務者 日本航空株式会社

主文

債権者らの本件申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

(申請の趣旨)

債務者が債権者らに対して昭和五七年二月二五日付でした別紙一覧表記載のホノルル発大阪行JL〇七七便に客室乗務員として乗務を命ずる業務命令の効力を仮に停止する。

(申請の趣旨に対する答弁)

主文第一項と同旨。

第二当事者の主張の要旨

(債権者ら)

一  当事者

債務者は、国際路線及び国内幹線における定期航空運送事業等を目的とする株式会社であり、債権者らは、いずれも債務者に雇用されいわゆるパーサーと呼ばれる客室乗務員として勤務する者であつて、債務者のパーサー、スチユワーデス等約二九〇〇名で組織されている日本航空客室乗務員組合(以下、単に「組合」という。)に所属する組合員である。

二  被保全権利

1 債務者と債権者らの所属する組合との間には、昭和五〇年九月二〇日付の「客室乗務員の勤務に関する協定書」と題する労働協約(以下、単に「勤務協定」という。)が締結されている。

右勤務協定によれば、国際線の場合、予定着陸回数が一回のときは乗務時間は九時間を超えてはならないとされ、その例外として、特定路線として債務者と組合の双方が合意した場合及びマルテイブル編成(交替要員を伴う編成)の場合に限り右の乗務時間の制限を超えて乗務することができる、と規定されている。

右勤務協定にいう特定路線としての合意は、単に当該路線を特定路線とするか否かということではなく、乗務するか否かの合意であり、勤務条件(使用機械の特定はその大前提になる。)についての合意を前提(合意の条件)としてなされる合意であることは協定の解釈上明らかであり、したがつて、勤務条件に変更があるときは、債務者は組合との新たな合意なしには組合所属の客室乗務員に対して乗務を命ずることはできない。

2 ホノルル発大阪行JL〇七七便は、冬期間(一一月から三月まで)はホノルルを日本時間四時〇五分に出発し、大阪に一三時三〇分に到着する便で、予定着陸回数が一回で乗務時間が九時間を超える路線である。

このため、冬期間のホノルル発大阪行JL〇七七便については、昭和五三年一一月の開設以降、債務者、組合間の合意を得て運行されてきた。すなわち

(イ) 昭和五三年九月二二日、債務者は同年一一月からのホノルル-大阪線開設にあたり、同路線にはB七四七LRJ1型機材(販売座席三五五席)を使用することとし、乗務員の編成数等の条件を組合に提案したが、同年一一月二日の第一便出発までに勤務協定に定める特定路線としての合意に至らなかつたため、債務者は組合所属の客室乗務員には乗務を命ずることができず、先任チーフパーサー(管理職)によつて運航を続けたが、その後の一一月一七日、編成人員を一八名、ホノルルでの乗務前滞在時間二四時間、大阪での乗務後滞在時間二四時間以上、等の労働条件を前提として合意が成立し、組合所属の客室乗務員は乗務を始めるに至つた。なお、右合意は、昭和五三年一一月から同五四年三月までの間運航することについての限定的な合意であつた。

(ロ) 昭和五四年一一月からは、使用機材がB七四七LRJ5、J6(販売座席三八五席)となつたが、債務者と組合とは、従来通りの条件で飛ぶことにつき黙示の合意をなした。

(ハ) 昭和五五年一一月からの乗務については、債務者はJ7型機材(販売座席四一六席)については編成人員一五名、J5、J6型機材(販売座席三八五席)については編成人員一四名を組合に提案したが、組合はこの条件切り下げに反対したため、結局、従前通りの条件で乗務する合意が、債務者、組合間に成立した。

3 昭和五六年一〇月二一日、債務者は組合に対し、昭和五六年度冬期ダイヤ(同年一一月一日から同五七年三月三一日まで)において使用機材をB七四七LRJ8とし、編成人員は従前と同じく一八名とする旨の提案を行つた。このJ8型機材は従来のJ7型機材に比べて販売座席数が四一六席から四三七席と増大し、しかもこの増大した席はアツパーデツキ(二階席)に新設されたものであつて、労働条件に質的、量的に大巾な変更をもたらすものである。

これに対し、組合は、特定路線として乗務することに合意する条件として、編成人員についてアツパーデツキも含め一九名とすることを提案したが、債務者がこれを受け入れなかつたため、現在まで債務者、組合間において合意が成立するに至つていない。

4 債務者は、前述のとおり昭和五六年度冬期のホノルル-大阪線につき組合との合意が成立していないにもかわらず、日本時間昭和五六年一一月七日午前四時〇五分ホノルル発大阪行JL〇七七便以降にJ8型機材を就航させるとともに、昭和五六年一〇月二五日以降毎月二五日に組合員を含む債務者従業員に対して同便に乗務することを命ずる業務命令を発している。

昭和五七年二月二五日、債務者は債権者らに対して別紙一覧表記載の日時に本件ホノルル-大阪線に乗務すべき旨の業務命令を発した。

右業務命令は、前述のように乗務時間が九時間を超える路線について組合の合意のないまま発せられたものであるから、債権者らが従う義務のないものである。

三  保全の必要性

債権者らは、前述のごとく、債務者により労働契約上義務なき乗務を業務命令をもつて強制されようとしている。勤務協定の乗務時間の制限は、客室乗務員の勤務が低気圧・低酸素・低湿度・振動・騒音下の空中勤務で立ち作業であるなどの特殊性から考えれば、乗務員の最低限の労働条件として厳格に遵守されるべきものである。それにもかかわらず、債務者は右勤務協定を無視した業務命令を強行したばかりでなく、組合との団体交渉の席上、乗務拒否に対しては懲戒処分を行うことを明らかにしており、債権者らが本件業務命令に違反して乗務を拒否すれば、債務者がこれに対して懲戒処分や賃金カツトなどの不利益処分を行うことは明らかである。これらの権利侵害に対しては、本訴をもつてしてはその救済は不充分であり、債権者らの権利実現にとつてはまさに保全の必要性がある。

(債務者)

一  勤務協定にいう特定路線としての合意について

勤務協定が特定路線としての合意の定めを設けたのは、九時間の乗務時間制限の原則に対し、九時間という制限時間を超える運航を絶対に認めないとしたのでは運航そのものが不可能になる場合が生ずるが、さりとて安易に例外を許すのでは乗務時間制限を定めた趣旨が没却されてしまうので労使間の合意を要件とすることによつて適正な運用をはかろうとしたものに外ならない。したがつて債務者、組合間の合意は、特定路線として承認するか否かであり、これを承認するに当たつては必ず編成人員や労働条件に関し特段の合意をみなければならないとする協定上の根拠は全くない。もとより、合意するか否かは組合の選択に委ねられているから、組合が具体的な条件を提示し、その条件も含めて合意がなされる場合もあるが、何らの条件も付加せず特定路線として合意するということも右協定は予定しているのである。

二  ホノルル-大阪線に関する合意について

昭和五三年一一月一日よりB七四七LRによるホノルル-大阪線を開設するについて、同年一一月一七日、債務者と組合とが右路線を特定路線として合意した内容は、B七四七LRで編成人員一八名という合意であり、それ以外には何も合意の内容にはなつていなかつた。そして右ホノルル-大阪線が毎年冬期にのみ特定路線となり、夏期には通常路線に復する路線であつて断続的に特定路線問題が生ずるものであるとしても、債務者、組合双方とも右の特定路線としての合意を一シーズンに限定する意志はなく、もとよりその様な条件が付されているわけでもないから、合意の内容を変更する必要が生じない限り、以後毎年その都度の合意は不要であることはいうまでもない。

三  機材の仕様の変更による労働負荷について

ホノルル-大阪線において昭和五六年度冬期に使用する機材は、前年度冬期に使用していた機材と同じB七四七LRであるが座席数がアツパーデツキに三三席増加した点で仕様の多少異なるものである。しかしながら、右座席の増加した仕様機がホノルル-大阪線に就航開始したのは昭和五六年四月からであるが、座席の増加にもかかわらず夏期編成人員は従前どおりの一五名であつたこと、右路線は冬期は特定路線になるとはいえ乗務時間は運航ダイヤで夏期よりも六五分長くなるだけであるにもかかわらず編成人員は三名増えて一八名となることは充分過ぎる位に充分な編成人員であること、右路線の編成人員一人当たりの守備座席数は他の特定路線に比べて少なく、余裕をもつた人員で運航されている路線であること、などからして、編成人員に関する合意の効力を維持する妥当性を失わしめる程の変更とは認められない。

四  保全の必要性について

本件業務命令により債権者らがホノルル発大阪行JL〇七七便に乗務するのは特定された日一日だけであるのみならず、本件係争の対象である昭和五六年度冬期ホノルル-大阪特定路線は昭和五七年三月末日をもつて終るものであるところからして、本件仮処分の必要性は高いものとはいえず、また、債権者らが乗務を拒否することによつて受けると主張する懲戒処分もその種類、程度すら明らかでなく、単に何らかの懲戒処分の慮れがあるということのみで仮処分の必要性を肯定することはできない。

第三当裁判所の判断

一  債権者ら及び債務者が提出した本件疎明によれば、次の各事実が一応認められる。  1 債務者は、国際路線及び国内幹線における定期航空運送事業等を目的とする株式会社であり、債権者らは、いずれも債務者に雇用されいわゆるパーサーと呼ばれる客室乗務員として勤務する者であつて、日本航空客室乗務員組合に所属する組合員である。

2 債務者と債権者らの所属する組合との間には、昭和五〇年九月二〇日付の「客室乗務員の勤務に関する協定書」と題する労働協約が存在し、これによれば、客室乗務員の乗務時間は、国際線の場合、予定着陸回数が一回のときは九時間を超えてはならないとされ、債務者が債権者に対して右制限を超える乗務を命ずることができるのは、特定路線として債務者と組合が合意した場合及び交替要員を伴うマルテイプル編成の場合に限るものとされている。

3 債務者は、昭和五三年一一月一日からB七四七LR型機材によるホノルル-大阪線を開設したが、同路線は、冬期(一一月から翌年三月まで)はホノルル発大阪行の乗務時間が風の関係で九時間を二五分超過することになるため、特定路線として債務者と組合間の合意が必要とされた。そこで、債務者は、昭和五三年九月二二日、組合に対し、使用機材、乗務線成人員等右路線の運航計画の概要を示して特定路線としての合意を求めたが、同年一一月二日の第一便出発までに組合の合意を得られなかつたため、右第一便以降管理職乗務員によつて運航を開始した。しかし、その後同月一七日、債務者が組合の要求を汲んだ内容の運航計画を示したため、組合も以後債務者の乗務指示に応ずる旨を債務者に通知し、ここに特定路線としての合意の成立をみた。本件ホノルル-大阪線は、昭和五四年四月から同年一〇月までの夏期の期間は乗務時間が九時間を超えないため、通常路線に復したが、同年一一月、特定路線として二期目に入るに際して、債務者は、組合に対し、冬期も同年の夏期に使用した機材(これは、機種は前年と同一であるが、販売座席数が従来の三五五席から三八五席に増える仕様の機材である。)を引き続き使用する旨を通知した。これに対して組合はなんらの異議を述べず、組合員は右冬期の期間同便に乗務した。昭和五五年一一月からの三期目の冬期路線には、従前の販売座席数が三八五席の機材のほか、同年四月から同路線の夏期ダイヤに投入された機材(これは、機種は従前のものと同一であるが、販売座席数が四一六席に増える仕様の機材である。)が使用されることとなつたが、従前どおりの条件で同年度の同路線の運航が実施された。債務者は、昭和五六年四月以降、アツパーデツキ(二階部分)に三三席を装備した販売座席数四三七席仕様の機械を本件ホノルル-大阪線に投入した。

4 以上のような経過の後、昭和五六年一一月以降の冬期特定路線の時期を迎えるにあたり、債務者は、同年一〇月二一日、組合に対し、同年一一月以降の本件ホノルル-大阪線には四月以降使用しているアツパーデツキに座席のある四三七席仕様の機材を使用する旨を通知した。これに対し、組合は、機材の仕様の変更を理由に編成人員の一名増を要求したが、債務者はこれを拒否した。

組合は、本件ホノルル-大阪線における特定路線としての合意は各年度ごとのものであり、仮にそうでないとしても、機材の仕様の変更等があつた場合には、合意の前提条件が変更されたことになるものであるから、従前の合意は失効し、新たな合意が必要であるとして、組合の合意なしに本件ホノルル-大阪線に組合員を乗務させることは勤務協定に違背し許されないと主張したが、債務者は、本件ホノルル-大阪線の特定路線としての合意は使用機種(B七四七LR)と編成人員だけが条件となつており、また、合意は各年度限りのものではなく継続的な合意であるという見解のもとに、昭和五六年一〇月以降毎年二五日に翌月分の乗務の業務命令を発している。

これに対し、債権者らは、乗務を拒否すれば債務者からなんらかの懲戒処分等の不利益処分を受けることをおそれて異議をとどめながらも右業務命令に従う一方、将来の乗務を阻止するため、本件仮処分を申請したものである。

二  そこで、以下、右のような経過をふまえて、本件仮処分申請の当否について検討する。

1  本件仮処分申請は、債務者が債権者らに対してしたホノルル発大阪行の航空機(JL〇七七便)に客室乗務員として乗務することを命ずる業務命令の効力を仮に停止することを求めるものであり、この仮処分は、右業務命令が無効であることを確認する旨の業務命令の無効確認訴訟を本案とするものと解されるから、本件仮処分は、結局、本案判決を得たのと同様の状態を仮処分をもつて現出させようとするいわゆる満足的仮処分であるといわなければならない。このことは、仮に右仮処分申請を認容する決定がされた場合、債権者ら及び債務者が、その仮処分決定の内容に従い、右業務命令が乗務を命じている特定の日に乗務せず(あるいは乗務させずに)その日を徒過してしまえば、右業務命令の効用は事実上廃されたと同様の結果となることからも明らかである。

そうすると、司法権の本質は事後救済にあるから、このような満足的仮処分は、本案判決をまつては回復することのできない重大な損害が生ずる場合に限り許されるものというべきであるところ、本件においては、債権者らに、本件業務命令の無効確認を求める本案訴訟の結果をまつてしては回復することのできない重大な損害が生ずるものと認めることはできない。

すなわち、まず、債権者らが異議をとどめながらも本件業務命令に従いつつ同業務命令の無効確認を求める訴訟の本案判決をまつ場合について検討すると、本件疎明によれば、右業務命令は九時間を二五分ほど超過する航空機への乗務を命ずるにすぎないものであり(前記のとおり、九時間以内の乗務であれば本件の特定路線の問題は生ずる余地がなく、本件のような紛争は生じない。)、また、債権者らが右のような乗務を命ぜられるのは一一月から翌年三月までの冬期の五か月間に限られ、しかも、各債権者個人にとつてみれば右五か月間に一度か二度右乗務を命ぜられるにすぎないものであることが一応認められるから、このような乗務を命ずる本件業務命令に従つたからといつて、債権者らに重大な健康被害等回復することのできない損害が生ずるものと認めることはできない。

次に、債権者らが本件業務命令に従わず、これを拒否しながら、本件業務命令の無効確認訴訟の本案判決をまつ場合について考えると、この場合、業務命令を拒否したことにより債権者らが債務者から懲戒処分等の不利益処分を受けるおそれがあることは、一応これを窺うことができるが、しかし、本件全疎明によつても、債務者が行う懲戒処分等の不利益処分が、債権者らの従業員としての地位を喪失させるなど債権者らの生活に回復することのできない重大な損害を与えるものと認めることはできず、むしろ、右不利益処分は、本案判決をまつても回復することのできる比較的軽微なものにとどまると推認することができる。のみならず、もともと、業務命令と懲戒処分等の不利益処分とは別個の行為であり、業務命令の効力を仮に停止したからといつて、直ちに、法律上、債務者が債権者らに対して懲戒処分等の不利益処分をすることが差し止められることになるものではないから、懲戒処分等の不利益処分をされるおそれがあるということが、直ちに、業務命令の効力停止の仮処分の保全の必要性を直接基礎づけるに足る事情となると解することはできない。

以上によれば、債権者らには、本件業務命令の効力を停止せずに同命令の無効確認訴訟の本案判決をまつては回復することのできない重大な損害が生ずるものということはできず、したがつて、本件仮処分は、その保全の必要性を欠くものといわなければならない。

2  なお、本件疎明によれば、仮に本件仮処分申請が認容され、本件業務命令の効力が仮に停止されることになれば、債務者の本件ホノルル-大阪線のみならず他の路線の運航が阻害され、場合によつては休航のやむなきに至るおそれのあることが一応認められる。

そうすると、本件仮処分が認容されることによつて債務者が受ける損害と本件仮処分が認容されないことによつて債権者らが受ける損害との比較衡量という見地からみても、本件仮処分は、その保全の必要性を欠くものといわざるを得ない。

三  以上のとおりであつて、本件申請はいずれも理由がなく、保証をもつて疎明に代えることも相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 宍戸達徳 杉本正樹 須藤典明)

(別紙) 一覧表〈省略〉

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